Finally visiting home after over two years of being away (Reverse Culture Shock)
2年ぶりクウェートに帰れなかったクウェート人はやっと帰れるようになった時、どんな感じでしたか。
2019年9月に同志社大学院に入学するために、京都に引っ越しました。それ以前は海外に住んだこともないし、日本に行ったこともありませんでした。2020年2月まで結構ホームシックでしたので、もう帰りたいという気持ちは強かったです。あの時、予約した飛行機は中国で乗り続きがありました。2月に海外でコロナのことをいっぱい聞いていたので、怖かったです。中国で乗り換えをしたら日本に戻らない可能性が高かったので、飛行機の前の日に予約をキャンセルして、他の飛行機を予約しました。日本からクウェートまで結構きつかったです。
日本 → タイ → オマーン → クウェート
という感じの飛行機でしたが、めっちゃ帰りたかったから我慢しました。コロナの影響で入国が出来ない心配はいっぱいありましたので、1週間ぐらいしかクウェートにいませんでした。無事に日本に着いた後、外国人入国が出来なくなりました。クウェートを含めていろいろな国の人も再入国でも出来なくなりました。ギリギリセーフ日本につきました。
コロナ禍は絶対すぐ終わると思って、夏休みでクウェートで家族と一緒にもっと時間を過ごすことに決めました。夏休みになっても、まだコロナは結構厳しくて、外国人はまだ日本に入国が出来なかったので、クウェートに帰るのをその後にしようと思いました。
秋になっても、コロナはまだまだ収まりませんでした。冬休みになりました。学生の私は必ず休みの時にクウェートに帰りたいと決めて、きょうだいのそばにいたいと思ってる気持ちは強かったけど、冬休みでもクウェートに帰れなかった。
そして、2021にもなりました。お正月の休みがありますね。休みになると、家族を会いたいという気持ちは普段より強いですが、お正月も春休みでも帰れなかったです。もうコロナはしばらくありそうなので、帰るのがやめた方がいいかな、とよく考えてたので、我慢しました。
春休みが終わってから修士課程の卒業論文と就活活動などにいろいろ忙しくなってなりました。日本国内も海外のコロナ禍についてのニュースを見ると、クウェートに帰れないということが分かりました。2021年9月に修士課程を卒業し、一人で卒業式に行きました。コロナですから卒業式は最後までキャンセルされる可能性が高かったので、同志社大学で無事で卒業式が行われました。
東京に引っ越しました。東京に引っ越してからまた家族に会いたいという気持ちが戻ってきました。最後に家族と会ってから1年半が経ちました。若いきょうだいが持っている私にとって、一年半全く会えないことが何よりきつかったです。
2022になりました。最後に家族と会ったのは2020年2月末で、それから、2022年2月末になりました。2年間経ちました。ほぼ毎日「最後に会ってからどのくらい時間を経ったのかな」とよく考えました。
2022年3月末にクウェートに帰ることを決めました。外国人の入国も再入国も前よりちょっとでもマシになったので、家族に会えるかなと心配しながら楽しみにしていました。
クウェートで家族との再会です。最後に家族と会ったのは2020年2月22日でした。家族と再会したのは2022年3月31日です。つまり、2年2ヶと月8日ぶりかな
2年間以上クウェートに帰れなくて、久しぶりに帰ったのはどうでしたか。2年間完全に日本で生活して、クウェートの実家に帰った時、どう感じだったのでしょう。
新しい国に行って文化の違いに驚くことはカルチャーショックと呼ばれます。そして、海外から久々に母国に帰って起こる同様のことはリバースカルチャーショックと呼ばれます。
今回、私のリバースカルチャーショックについて皆さんにお伝えしたいと思います。早速始めましょう。
すぐ気づいたのは日本を出発したあとドバイで乗り換えるときでした。ドバイに着くと、次の飛行機の場所に行くためにバスに乗る必要があります。そして、このバスに乗る人はほぼ全員クウェートに行く人のようでした。
1. バスの中の人がうるさすぎて、耳が痛かったです。
日本からドバイまでの飛行機に乗って、結構疲れたので、次の飛行機に乗るまで静かに休みたかったです。夜中なので、もっと静かかと思っていましたが、逆でした。乗客のほんとんどの人がバスの中でがやがやと喋っていました。もちろん日本でのバスは時間や町によってバスで喋ってる人がいますが、喋ってる人がいてもドバイのバスの中とは全然違うレベルでした。これは第一のリバースカルチャーショックでした。
クウェートに帰ってゆっくり休みました。次の日、家族とお出かけをしました。説明するのは結構時間がかかるので、今回はやめておきますが、妹は車椅子生活でした。
2. クウェートはバリアフリーとは言えない
車椅子を使っている妹とレストランに行くと、クウェートがいかにバリアフリーじゃないかよく分かりました。レストランの中は車椅子で行き出来ますが、レストランに入ろうとするときは車椅子では入れません。ですから、車椅子から降りて、一段の階段のステップを登って、そのあとまた車椅子に乗って、レストランに入りました。
日本がどのぐらいバリアフリーかどうかは、正直にいうとあまり分かりません。日本で車椅子に乗っている知り合いはあまりいないのですが、ベビーカーを使っている友達は3人ぐらいは知っています。場所によってバリアフリーかどうかは違います。私の街のバスはほぼ全部ノンステップバスなので、ほかの町よりちょっとマシかもしれませんが、クウェートもだんだん変わっていくと思います。今後帰るときはもっとバリアフリーな国になっていて欲しいと思いました。これは第二のリバースカルチャーショックでした。
3. レストランはうるさい
コロナが始まってからあまりレストランに行けないからレストラン自体はどんなにうるさいか覚えてないかもしれないんですが、とにかくクウェートのファリミーレスは結構うるさかったです
4. 水は無料じゃないし、高い!
日本に引っ越した時、一番びっくりしたのはレストランでは水が無料だということです!クウェートから来た私にとって「えっ、無料ってどういう意味??」というリアクションでした。クウェートではジュースより水の値段の方が高いレストランもありました。2年間クウェートにいなかった私は一瞬これを忘れていました。そして、レストランで妹はメニューを見ながら「水を頼もう」と言って、「あっ、無料じゃなかった!」って思い出した。
5. お手拭きもおしぼりももらわない!
日本でコンビニからお弁当とかを買ったら必ずおしぼりをもらいますが、クウェートで高級のレストラン以外はもらわない可能性がよっぽど高いです。もらう可能性は低いです。日本でお出かけすると、よく和食のレストランに行く私はおしぼりかお手拭きを待っていました。そして、本気で妹で「いつもらうの?」と聞いた時、妹は「あなたがイカれてる」みたいな顔を見ながら「何の話?」と言われました笑笑
これと違うことについてのリバースカルチャーショックを話したいと思います。日本の天気は夏が蒸し暑くて、除湿機を使います。そして、冬は加湿器を使うのがやっと慣れました。結構暑い夏があって、冬も寒いとだいぶ慣れました。クウェートの天気の厳しさのレベル以外はそんなに違いがないと思いましたが、違いました
6. どのぐらい保湿クリームを使っても肌が乾燥してる
リバースカルチャーショックはそこまでにします。もちろんいいこともいっぱいありましたが、今日はびっくりされたことについて話しました。
ちょっとクウェートのいいところを話そうとすると、覚えたよりクウェートは緑がいっぱいありました。砂漠のクウェートのことを想像すると、「緑の自然」ということはすぐ頭に浮かんでないが、以外と緑でした!覚えてるクウェートよりキレイです。
以上 最後まで読んでくれてありがとうございました。
ショーグ